1992年のバルセロナオリンピックに出場し、見事200メートル平泳ぎで金メダルを獲得した岩崎恭子さん。

その時にある名言が飛び出し、当時だけでなく今も話題になるほどの名言となっていますよね!

ですがその名言、実は間違いだったことが分かったのです。

そこで岩崎恭子さんの名言は間違いだったのか、オリンピック後から現在の活動についてまで詳しく調べてみました!

画像引用)https://www.instagram.com/p/CKYQ-gkBtck/

岩崎恭子の名言は間違い?

岩崎恭子さんといえば、水泳界の歴史的な方ですよね。

1992年に開かれたバルセロナオリンピック、競泳女子の平泳ぎ200メートルで金メダルを獲得しました。
その時の年齢がなんと14歳!
中学生でのオリンピック金メダルということで、今でも語り継がれるほどの記録を残しました。

そんな岩崎恭子さん、金メダルを獲得した直後のインタビューで語った言葉が、今でも語り継がれる名言として残っています。

その言葉はご存知の方も多いと思いますが、「今まで生きてきた中で一番幸せです」という言葉。
インタビュー映像などで記憶に残っていますよね。

ですが先日出演された番組「東大王SP」で、岩崎恭子さんがこの名言は間違いだとおっしゃるシーンがあったのです!

皆さん岩崎恭子さんの名言としては「今まで生きてきた中で一番幸せです」とおっしゃったのを覚えていますよね。

ですが「生きてきた中で」ではなく、「今まで生きてた中で」の間違いだというのです。

これにはスタジオも騒然とし、テロップも番組側の回答としても「今まで生きてた中で」だと思っていました。

しかし実際は「き」が入っていなかったということで、岩崎恭子さんが収録中に訂正するというまさに歴史的瞬間があったのでした。

問題自体が間違っていたので、MCの山里亮太さんも「岩崎さん、そのアスリート精神ほんと素晴らしい。今の問題なかったことになります」とおっしゃるほど。

この「き」があるかないかでだいぶニュアンスも変わってきますよね。
そしてこうした名言はしっかりと一字一句間違えずに語り継がれる必要があるので、しっかりと番組で訂正されてよかったですね。

名言の裏で悩んだオリンピック後

岩崎恭子さんは中学2年生という若さで世界一となり、オリンピック金メダリストとなりました。

ご本人もまだ14歳になったばかり、まさか自分が金メダルを取るなんて夢にも思っていなかったそうで、誰からも期待されていないことが分かっていたとか。

その中で決勝進出となり、見事金メダルの獲得。
ご自身でもよく分からない状況が続き、なんと14~16歳の2年間は、金メダル獲得の余波でほとんど記憶が残っていないそうなんです!

成績もオリンピック後には伸び悩んでしまい、成績不振や中傷も多かったといいます。
さらに自宅の前に知らない人がいたり、周囲の変化についていけず2年間はとても苦しかったそう。

金メダルを獲っても練習は続けていましたが、練習に身が入らず試合でも負け、それを認めたくないという悪循環に。

その後アトランタオリンピックに出場した岩崎恭子さんですが、10位という結果に終わってしまいました。

そして1998年、伝染性膿痂疹を発症してしまったことと、競技への気持ちが喪失していることを実感し、引退を決意。
まだ20歳のことでしたが、岩崎恭子さんにとって14歳から20歳の間の競技人生は、とても大変なものだったのではないでしょうか。

しかし引退後も岩崎恭子さんの知名度は相当なもので、テレビにコメンテーターとして出演するなどテレビの仕事が増えていきます。

水泳から離れることはなく、2002年には海外指導者研究生としてアメリカにも留学し、指導者としての道を歩み始めました。

14歳で金メダル、本当にすごい偉業を成し遂げた岩崎恭子さんですが、その後はとても大変な日々だったと思います。
2年間の記憶がなく、「金メダルを取るんじゃなかった」と思うこともあったそう。

さらに名言を発したことでの中傷もあり、「あんなことを言わなければよかった」と思ったりと、14歳にはとても辛い現実が待っていました。

ただそんな時に支えになったのは家族で、父と母がどれだけ自分を守ってくれていたのかを痛感しているといいます。

辛い日々を乗り越えて、岩崎恭子さんの今があるのではないでしょうか。

現在の活動は?

そんな岩崎恭子さん、現在はどのような活動をされているのでしょうか。

2002年にアメリカに海外指導者研究生として留学をされましたね。
その後もずっと水泳に携わっていて、今も指導者として大活躍されているんですよ!

2014年6月6日には日本マスターズ水泳協会理事にも選ばれ、やはり14歳で金メダルを獲得したということで水泳界で今も語り継がれています。

さらに指導者としてだけでなく、テレビのコメンテーター、講演や解説、そしてタレントとしてバラエティ番組に出演したりと多方面で活躍されていますね!

指導者としては水泳教室で子供たちに指導をしたり、2021年4月からはオンラインセミナーを開催し、子供を育てる親向けにセミナーを行っていますよ。

お仕事はとても順調のようですが、岩崎恭子さんといえば不倫報道がありましたよね。

岩崎恭子さんは2009年4月、30歳のときに元ラグビー日本代表の斉藤祐也さんと結婚されました。
2011年3月28日には、第一子となる女の子を出産されています。

しかし2018年11月、斉藤祐也さんとの離婚を発表し、その時に岩崎恭子さんが別の男性と交際しているという報道が出ました。

岩崎恭子さんはこのことを事実であると認め、斉藤祐也さんは「親しい男性がいることは知らなかった。別居しているため仕方がない。」とおっしゃっていました。

現在は岩崎恭子さんは娘さんを育てながら、シングルマザーとしてお仕事と育児をされています。

ちなみにお子さんはテニスをされているそうで、スポーツマンのご夫婦から生まれただけあって運動神経はとてもいいとか。

こう見ると岩崎恭子さんはとても波乱万丈の人生を送っていると想像できます。
ですが今は仕事に集中し、娘さんの成長を一番楽しみにされていることでしょう。

岩崎恭子 プロフィール

では改めて岩崎恭子さんのプロフィールを見ておきましょう。

名前・岩崎 恭子(いわさききょうこ)
生年月日・1978年7月21日 現在42歳
出身地・静岡県沼津市
学歴・沼津市立第五中学校、日本大学三島高等学校、日本大学文理学部心理学科卒業

岩崎恭子さんは3姉妹の次女として生まれ、水泳をしていた3歳上のお姉さんの影響で5歳のときから水泳を始めます。

実はお姉さんも高校1年のときにインターハイ平泳ぎ100m、200mでインターハイ優勝しオリンピック候補だったそうですが、岩崎恭子さんは小学校6年で100m平泳ぎで1分12秒79の短水路学童日本記録を樹立していました。

中学生ですでに全国中学校水泳競技大会女子平泳ぎ100m、200mの2冠に輝いており、1992年のバルセロナオリンピック出場をかけた日本選手権女子100m・200m平泳ぎでは、お姉さんを破ってオリンピック出場を決めていたのです!

そして1992年のバルセロナオリンピックで金メダルを獲得し、一気に時の人となりました。

お姉さんは岩崎恭子さんが金メダルを獲得した後に水泳を辞めてしまい、そのことも岩崎恭子さんにとっては気になっていたそうです。

ですがお姉さんは「恭子のせいじゃないよ」と庇っていたといい、家族にとって岩崎恭子さんの金メダル獲得はとても大きな出来事になったのだと思います。

こうしてご家族でテレビに出ることもあり、今はとっても仲良しなのが伝わってきますね。

その後も水泳の指導者、結婚と離婚に出産と育児と、岩崎恭子さんはとてもいろんなことを経験されています。

ですがそれでも今なお名言は語り継がれていますし、オリンピックの時期になると必ずと言っていいほど岩崎恭子さんが取り上げられますよね。

今回東京オリンピックが近づいていますが、地元の沼津市で聖火ランナーを務めるなどやはり岩崎恭子さんはオリンピックに欠かせない人になっています。

まだ決定はしていませんが、解説やコメンテーターとしてのお仕事も担当されるかもしれません。

不倫というイメージダウンの出来事はあったものの、やはりバルセロナオリンピックでの金メダルは今でも語り継がれる偉業です。

東京オリンピックでも、岩崎恭子さんは活躍されるかもしれませんね。

まとめ

以上、岩崎恭子さんについて調べてみました!

名言の間違いがあったのは驚きですね。
14歳の名言が今でも語り継がれているとは、本当にすごいです。

いろんなことがありましたが、東京オリンピックで岩崎恭子さんはどう関わってくるのかとても楽しみです。
そして指導者として、これからの水泳界を引っ張っていってほしいですね!

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